ドクメンタ・5年に一度の国際展覧会。
今回はパリを少し離れて、ドイツの真ん中、ヘッセン州の古都カッセル Kasselから。
「ヨーロッパのアライグマの首都」と呼ばれるほどになぜかアライグマが多い水と森の豊かな丘陵の街で、5年に一度だけ開催される現代アートの国際展覧会がある。人口20万人足らずの小ぶりな街だが、この祭典の会期中100日間はヨーロッパはもちろん世界から多くの観客が訪れる。
その展覧会の名は「dOCUMENTA (ドクメンタ)」。
ベネチア、サンパウロ、シドニーの各ビエンナーレ(※1)など世界有数の国際展覧会とならんで、このドクメンタは世界のアートシーンに大きな影響を与えている。
なにしろ「街ごと展覧会」という試みが、観客には楽しい。
老若男女を問わず、アートファン、あるいはカッセルの街が好きという人々が集まって、緑色の同じガイドブックを持ちながら、街をまわり、公園の中をまわる。まるでスケールの大きいオリエンテーリングのよう。
駅やメイン会場の前には、ショップ・案内所があり、ガイドブックやカタログ、かっこよくデザインされた鉛筆やノート、Tシャツが販売され、道順、チケットの買い方など、わからないことがあれば優しくて若いスタッフが、英語で丁寧に教えてくれる。
街の入口にあたるカッセル中央駅が、すでに展覧会場である。
ベルリンから列車で駅に着いたとき、ipod touchをもった人々が駅構内をうろうろしていて、新しいタイプのオーディオガイドだろうか?と思ったのだが、実はこれが作品のひとつだった。
駅構内のスペースでパスポートと引換に、そのipod touchをレンタル。
ヘッドホンをかけ、指定された場所で再生ボタンを押すと、同じ場所で撮った映像が映り、
「いま私はあなたと一緒に座っています。カッセル駅の構内で道行く人を見ながら・・・」と女性のナレーションが語りかける。
ipod touchを手に、この場所から物語が始まる。
駅全体をフルに使った、26分間のバーチャルドラマのはじまりだ。
制作したのはJanet Cardiff とGeorge Bures Millerというふたり組のアーティスト。
彼らが撮る駅の映像と実際の駅の様子が重なり、「同じなのに何か違う」その差が、見る人の感覚を少し麻痺させ、まるで現実と物語のあいだを浮遊するような変な気分になる。映像のなかで繰り広げられる実際にはない出来事が、まるでいまそこで起きているかのような感覚。小さい画面なのに、これほど引き込まれるとは驚きだ。
まわりには、同じようにipod touchを手に歩く人々。たとえば待合室に入って座るシーンになると、次から次と人が入ってきて、同じように座り、出て行く。知らないでいる普通の旅行客は、キョロキョロとあたりを見回し「これ何?」という顔をしている。